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zoom RSS 新中国 戸籍制度の歴史

<<   作成日時 : 2013/07/31 20:03   >>

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北京の新聞を読んでいてやっぱり子供がらみの記事が気になる。子供がらみで良く出てくるのが戸籍の話。日本と違って、中国の戸籍ってとってもとっても複雑で難しい。

結婚したいと思ったら→「結婚証」取得の手続きが待ってる。男女双方の「戸籍簿」等の書類が必要。
晴れて結婚でき、子供がほしいと思ったら→「准生証(正確には計画生育服務証)」の手続きが待ってる。もちろん「戸籍簿」や「結婚証」がないと手続きできない。
子供が生まれたら→生まれた病院で「出生医学証明」を発行してもらう。もちろん「戸籍簿」が必要。
子供を戸籍に入れるときは→生まれて一か月以内に、父方もしくは母方の戸籍のある住所を管轄する派出所にて登記手続きをする。もちろん「出生医学証明」や「准生証」や「戸籍簿」などが必要。

…と言う具合で、男女双方の戸籍簿がないと結婚できない、生まれてくる子供の戸籍も登記できない、将来子供は学校に入れないしちゃんと結婚することもできない、という恐ろしいスパイラルが待っている。男性側の戸籍簿が手に入らないと子供の戸籍登記がいつまでもできず、未婚の母は苦しむことになることは先ほど書いた。

………
先日、新京報で戸籍制度の記事が出ていた。以下ざっくりとした内容。

中国の戸籍制度とは、字面どおりの戸籍管理や戸籍登記だけではない。もっと大事なのは戸籍の移動、つまり戸籍が移動するのを許可したり、農村戸籍から都市戸籍に切り替える場合の審査許可するところにある。

中華人民共和国の建国初期には農村戸籍と都市戸籍の制限はなかった。憲法に準じていた「共同綱領」にもその後の1954年憲法にも“中华人民共和国公民有迁徙自由。”とあった。国民の移動の自由が消えてしまったのは1975年憲法から。だが実際にはもっと早い時期から自由は制限されていた。

1951年7月16日に公安部が公布した「城市户口管理暂行条例」の第12条。“规定对人口出生、死亡、迁出、迁入、社会变动等户口管理,一律由公安机关执行。”とある。これより、全国都市部での戸籍統一管理体制が動き始めたと言える。

戸籍制度の始まりは1955年6月9日の国務院が公布した「关于建立经常户口登记制度的指示」である、と多くの学者は見なしている。この行政法規で全国規模の経常的な戸籍統計制度を明確化した。

1956年3月、公安部は初めて全国戸籍工作会議を開き、戸籍簿の格式を統一した。この年は農業合作化運動で農民の食糧不足を引き起こしており、安徽・河南・河北・江蘇などの農民が都市に流入しようとしたため、国務院は12月30日に「关于防止农村人口盲目外流的指示」を発表している。

1958年1月9日、全国人民代表大会常務委員会第91回会議で「中华人民共和国户口登记条例」が可決。戸籍の管理は法規から法律に格上げされ、都市と農村とを分けた戸籍登記制度と戸籍移動制限制度が法律上で固定された。この条例の第10条第2項で「公民由农村迁往城市,必须持有劳动部门的录用证明,学校的录取证明,或者城市户口登记机关的准予迁入的证明,向常住地户口登记机关申请办理迁出手续」と定めた。強制性がある“二元户籍制度”が正式に成立した。

1977年11月、国務院は「公安部关于处理户口迁移的规定」を制定、都市の戸籍を持たない者は数年以内に農村に戻るようにと要求した。「严格控制市、镇人口,是党在社会主义时期的一项重要政策」とし、「农转非」を厳しく制限した。戸籍移動の管理を厳しくし、都市に人口が流入するのを制限した。「农转非」政策を実行し指標を盛り込んだ制限をかけて管理する体制を整えた。

1980年7月1日より全国統一の「户口准迁证」が使用された。
1985年7月に公安部が「关于城镇暂住人口管理的暂行规定」を公布、この時から「暂住证」が使われるようになった。

1985年9月、全国人大常委会は「中华人民共和国居民身份证条例」を公布、「身份证制度」が施行された。これより戸籍簿で管理する方法から個人の情報で管理する方法に変わり、中国戸籍制度の重大な変化であるともいえる。だが実際には未完成な改定であり、「准迁证」「暂住证」「户口簿」「身份证」が日常生活に併存する状況が続いている。
80年代末には戸籍移動の制限が緩和されたが、とある地方政府に至っては都市戸籍に値段をつけて売り出すありさまで、1988年10月に国務院は緩和を取りやめてしまった。

1989年、国務院は「关于严格控制“农转非”过快长的通知」を公布、「农转非」の人数を厳格に管理し、指標以内に収めるよう指示を出した。

1996年7月1日より「新常住人口登记表」と「居民户口簿」が正式にスタート。新しい戸籍簿には「家庭户」と「集体户」の別があるが、従来の「农业」と「非农业」の区別はなくなった。

2001年3月30日、国務院は公安部の「关于推进小城镇户籍管理制度改革的意见」を批准し、全国すべての農村及び県級都市・市区での「农转非」の指標の使用を取り消し、今後は指標管理を行わないとした。合法的な固定した住所があり、安定した職業や収入源があれば、誰でも都市戸籍の手続きができることになった。
(これにはまだ直轄市や省級都市は含まれていないってこと?)

2030年の中国における都市化水準は70%になるだろうと予測されている。都市に住む人口は10億人を超えるだろう。つまり今後3億人が農村から都市に移動することになるであろう。

都市の市民か農村の農民か、それは職業あるいは居住地で分けたしるしであるだけのこと。本当であれば行政上の身分管理や人口の移動の抑制のためであってはならない。戸籍改革最大の難題は、戸籍上に発生した公共福利の大きな差異をどのように取り去るかである。都市戸籍の福利が多すぎるのではなく、農村戸籍の福利の不足を補うところにある。社会保障の普及を実現してこそ、農民が生活のためやむなく都市に出てくることもなくなる。“叶落归根”という中国伝統の概念はまだまだ社会に根強く残っているのだから。
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