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zoom RSS 春節を故郷で過ごすためバスを乗り継いだ青年の話

<<   作成日時 : 2013/02/06 14:24   >>

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杭州で仕事をしていた27歳の男性が春節を過ごすため田舎に帰ることにした。故郷は山東省臨沂市。乗ったのは列車ではなく路線バス。3つの省にまたがる660キロの道のりを、合計7日間かけ、バスを35回乗り継いだ。ネットで話題になり“公交哥”と呼ばれている。

なぜそんなことをしたのかというと列車の切符はなかなか手に入らないから。それにバイク旅行やヒッチハイクで世界を旅する話に憧れていた。大変そうなバスの旅を通じてビジネスで成功する根性を鍛えたい。

それでネットでバス路線を調べてみた。各都市の路線を調べるのは大変で分厚い地図も買って研究したが準備に一週間かかった。結果、10日もあれば家までたどり着けることが分かった。

1月27日の午後、分厚い路線図を抱えて帰途についた。微博で実況しながら。

最初は順調だった。「中国の南方は交通網が発達していて基本的にはどの村にもバスで行けるようになってる」と国の交通網の発展が速いことに感心した。

しかし、ラッキーだったのは2日目まで。長江を超えるところまできて苦労が押し寄せた。バスの便が少ないし、路線が繋がってないし、徒歩に頼るしかないところも増えてきた。時には十数キロ歩いた日もあった。

微博では「もう一歩も歩けない」「ひざの骨がくだけそうだ」「疲れて寝てしまい乗り過ごしてしまった。俺はどこに行っちゃうんだろう」などと弱音も吐いた。

数十元の安宿に泊まり、道端で安い飯を買い、そしてバスに乗り続ける…。7日目の2月2日の午後、やっと临沂市についた。「一生で一度の経験をした」とこの旅の最後になる書き込みをした。

バスは35回乗り換えた。バスの運賃にかかった費用は140元ちょっとだった。宿泊と食費に400元ちょっとかかった。飛行機を使うよりも、列車に乗るよりもだいぶ安く上がった計算になる。

4日目、丹阳から镇江に入るとき一気に8キロ歩かねばならなかった。もう日が暮れていたのでヒッチハイクしようとしたが、十何回やっても失敗した。その後止まってくれたのは一台のトラックだった。最初は心配だったのだけどおしゃべりしているうちに親切な人だとわかってよかった。最初は世の中なんて冷たいのだと憤りを感じていたが、そのうちに親切な人って結構いるのだと分かってきた。自分も人には親切にしようと思った。

………
心温まる冒険話。こういう旅を一人でやったところがいい。
バスの乗りつぎって大変だとおもう。でも面白そうだと思う。でも7日連続はやっぱりきついと思う。安宿も上手に選ばないとセキュリティが心配。どんな道を歩いたのかわからないけど、山道なら山道で歩きにくいだろうし、広い公道なら公道でスピードを出す車が多いだろうからやっぱり危険。知らない道を歩くのはストレスにもなるだろう(だって田舎の標識は不完全だから)。でも若者だろ、10キロぐらい歩けよ、とも思う。

春節の大移動。こういうことを言うと中国人からナンセンスと言われそうなのだけど、やっぱり習慣を変える必要があるんじゃないだろうか。飛行機とか列車のチケットが買えなくて毎年大騒ぎするの、疲れないのかなあ。毎年人の波にもまれるの嫌にならないのかなあ。我が亭主には、やっとのことで帰省したのはいいのだけどそのまま熱をだしてぶっ倒れたっていう苦い思い出がある。何のために帰ったんだろう。

イメージはフィリピンのクリスマス。年の半分だとか四分の一だとか、ずっとやってるんでしょう?理由はいろいろあるらしいのだけど、あるテレビ番組では出稼ぎが多いお国柄で一斉に帰国できない事情があるのだと説明していた。

だから中国でも春節期間を半年くらいに伸ばすってどうだろう。田舎に帰ります、っていえばどうぞどうぞ2週間ゆっくり休んでくださいって会社側がいつでも許してくれるようにする。いや、1か月丸々休みにする。
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