北京 山寨小瀋陽現れる 「学」の意味
何度も何度もしつこいことは分かっているが、テレビをつけっぱなしにしていればどうしても出てくる小沈阳(小瀋陽、小沈陽)クン。ところが昨日はとうとう「山寨小沈阳」と言われている小沈龍という青年まで出ていた。
小沈龍クンもちゃんとした芸人だ。2007年から本家のまねをし始めているが、今回はネットでそのそっくりさが話題になりテレビ出演に繋がったようである。若いが自分の芸もしっかり持っている人だ。
どんな人か書いてある記事は沢山あるが、その中から一つ。
http://entertainment.dbw.cn/system/2009/02/13/051758739.shtml
昨日の北京テレビでは夜9時という時間帯で堂々と物まねをしていた。
「超級大明星」というネタをそっくりそのまま、最初から最後までやったのである。見事なコピーにびっくりした。
そして違和感を持った。
日本でもお笑いや歌手をまねた演出は沢山ある。見ていて楽しい。嫌いじゃない。
なのにどうして「山寨小沈阳」は楽しくなかったのか。
最初に書いておくが、本家クンは山寨クンの存在を知っていて(会った事もある)、物まねをされている事をとうに知っている。テレビのインタビューでも「物まねされてもいい。なぜなら自分だって物まねしているから」と言っている。
夕べから気になっているかささぎ。(もっと大事な事あるのですが…)
本家が春晩でブレイクしてまだ一ヶ月しか経ってないのに、テレビで堂々とコピーを演じているから?
二匹目のどじょうがいやだから?
アタイの(!)小沈阳クンを勝手にコケにしたから?
どうも違う。かささぎが気になるのは、山寨クンの演技よりも周りの反応なのだ。
話題づくりには絶好の題材だろうが、本家クンと山寨クンを同格に位置づけるテレビ局の考え方。
通州梨園というステージに山寨クンを見に行ったおばさんの言葉が全てを語っている気がする。
“看小沈阳不容易,看小沈龍容易,演得挺像的。”
(本家クンを見るのはなかなか大変だけど、山寨クンはすぐ見られるからね。演技はとても似ていたよ)
中国語に「学xue」という言葉がある。辞典によると
①学ぶ。習う。見習う。
②まねる。模倣する。見習う。
③……
①と②の解説の中に、共通項として「見習う」があるのだから、中国語のなかの「学ぶ」と「まねる」は非常に近い意味にあると言える。かささぎは中国人と話していて、どっちの「学xue」かなあと思うことがある。「学ぶ」と「まねる」を日本人のようにはっきりと意識しているのかなあ、と思うのである。
この点において日本人はかなりこだわっていると思う。
昔中国語を勉強していた時、日本人生徒は教科書本文をパクッたような作文はほとんど書かないが、他の国の生徒は習った構文をそのまま自分の作文に入れていることもよくあった気がする。
かささぎの違和感は「学xue」の受け取り方なのである。
「学xue」は皆に受け入れられる行為。(文句を言ったらきっと「小心眼儿」と嫌われる)
白猫でも黒猫でも面白い猫はいい猫なのだ。
さて、話は違うが、本家クンが春晩で発した言葉がいちいち流行語になっている。
「我到家了~」
「為什麼呢?」
「我的!」
そして、「pia,pia」。
テレビの字幕では口へんに拍の字、paを当てていた。
辞典には本家くんが言っているpiaの漢字がないのだ。(漢字は便利だが、不便な所もある)
それで、どんな字ならいいかと、一般市民が自由に漢字創作するのが流行っているらしい。
娘のインコはやっぱり本家クンが好きだ。
「瀋陽出身だから『小沈阳』でしょ?」
(正確に言うと違うけど…)
「わたし、弟子入りしたいなあ。日本出身だから、『小日本』だよね」
ブラック過ぎるから止めときなさい。
小沈龍クンもちゃんとした芸人だ。2007年から本家のまねをし始めているが、今回はネットでそのそっくりさが話題になりテレビ出演に繋がったようである。若いが自分の芸もしっかり持っている人だ。
どんな人か書いてある記事は沢山あるが、その中から一つ。
http://entertainment.dbw.cn/system/2009/02/13/051758739.shtml
昨日の北京テレビでは夜9時という時間帯で堂々と物まねをしていた。
「超級大明星」というネタをそっくりそのまま、最初から最後までやったのである。見事なコピーにびっくりした。
そして違和感を持った。
日本でもお笑いや歌手をまねた演出は沢山ある。見ていて楽しい。嫌いじゃない。
なのにどうして「山寨小沈阳」は楽しくなかったのか。
最初に書いておくが、本家クンは山寨クンの存在を知っていて(会った事もある)、物まねをされている事をとうに知っている。テレビのインタビューでも「物まねされてもいい。なぜなら自分だって物まねしているから」と言っている。
夕べから気になっているかささぎ。(もっと大事な事あるのですが…)
本家が春晩でブレイクしてまだ一ヶ月しか経ってないのに、テレビで堂々とコピーを演じているから?
二匹目のどじょうがいやだから?
アタイの(!)小沈阳クンを勝手にコケにしたから?
どうも違う。かささぎが気になるのは、山寨クンの演技よりも周りの反応なのだ。
話題づくりには絶好の題材だろうが、本家クンと山寨クンを同格に位置づけるテレビ局の考え方。
通州梨園というステージに山寨クンを見に行ったおばさんの言葉が全てを語っている気がする。
“看小沈阳不容易,看小沈龍容易,演得挺像的。”
(本家クンを見るのはなかなか大変だけど、山寨クンはすぐ見られるからね。演技はとても似ていたよ)
中国語に「学xue」という言葉がある。辞典によると
①学ぶ。習う。見習う。
②まねる。模倣する。見習う。
③……
①と②の解説の中に、共通項として「見習う」があるのだから、中国語のなかの「学ぶ」と「まねる」は非常に近い意味にあると言える。かささぎは中国人と話していて、どっちの「学xue」かなあと思うことがある。「学ぶ」と「まねる」を日本人のようにはっきりと意識しているのかなあ、と思うのである。
この点において日本人はかなりこだわっていると思う。
昔中国語を勉強していた時、日本人生徒は教科書本文をパクッたような作文はほとんど書かないが、他の国の生徒は習った構文をそのまま自分の作文に入れていることもよくあった気がする。
かささぎの違和感は「学xue」の受け取り方なのである。
「学xue」は皆に受け入れられる行為。(文句を言ったらきっと「小心眼儿」と嫌われる)
白猫でも黒猫でも面白い猫はいい猫なのだ。
さて、話は違うが、本家クンが春晩で発した言葉がいちいち流行語になっている。
「我到家了~」
「為什麼呢?」
「我的!」
そして、「pia,pia」。
テレビの字幕では口へんに拍の字、paを当てていた。
辞典には本家くんが言っているpiaの漢字がないのだ。(漢字は便利だが、不便な所もある)
それで、どんな字ならいいかと、一般市民が自由に漢字創作するのが流行っているらしい。
娘のインコはやっぱり本家クンが好きだ。
「瀋陽出身だから『小沈阳』でしょ?」
(正確に言うと違うけど…)
「わたし、弟子入りしたいなあ。日本出身だから、『小日本』だよね」
ブラック過ぎるから止めときなさい。
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