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zoom RSS 中国 幼稚園で叩かれたらどうするか 礼譲三分

<<   作成日時 : 2017/05/03 17:00   >>

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もしよその子に叩かれたらどうするかっていうアンケートの話。
報道したのは成都商报で、アンケートに回答してくれたのは乐山市の某幼稚園に子供を通わせる親御さんたち。
約60%の親御さんは「子供には強くなってほしいので、やられたらやり返すように教える」で、約25%の親御さんは「力で制する方法は良くないので、乱暴な子には近づかないように教える」という回答だった。

それに対する感想。新京報では二つの意見(仕返し肯定派と否定派の意見)を掲載していた。
http://epaper.bjnews.com.cn/html/2017-05/03/content_680413.htm?div=-1
以下大体の意味。

Ⓐ氏の感想。肯定派。
「暴力はやめるべき。“目には目を”方式になってしまう」「校园霸凌(学校内で起こるいじめ。言葉と暴力の両方を含む)は殴る側と殴られる側の二者だけという単純な問題じゃない。反撃してもいじめはなくならない」「手加減しない子にやられて怪我でもしたら…先生に相談すべきだ」仕返しを否定する冷静な意見としては大体こんな感じではないだろうか。

だが現実はどうだろう。わが子に我慢を教え“小忍是善”と諭しているうちに、いじめっ子に目を付けられまいか。先生に相談したとしてちゃんと対処してもらえるのか。先生は公平に裁いて悪いほうに罰を与えてくれるだろうか…。

いじめが存在するというのなら、“反抗”する手段も存在するということだ。反抗とは暴力に訴えるだけではなく、大人が表に立って相談し解決することも含まれる。だが、力による反撃の必要性を排除してはならない。
相手を打ち負かすのが反抗とは限らない。いじめなんかに簡単に屈しないぞと示すことが反抗なのである。

校内いじめにおいて、相手をいじめてやろうかどうしようか考える基準は、往々にして感じ方にある。「やられたので反撃したらもっとボコられた」場合もあるだろうが、「反撃したら相手がビビって手を出さなくなった」という場合もある。“欺软怕硬”(弱者には強く当たり強者にはへつらう)という話はあながち嘘ではない。

勿論、仕返し行為は無条件で許されるものではない。条件が付く。それは暴力に対抗するための合法的な権利の救済であること。残酷横暴な方法や互いに傷害が残る方法をとってはいけない。「やられるならやってやる」じゃなくて「やられるならそれを防ぐ」であり、「耐えられるのに耐えない」じゃなくて「耐えられないから耐えない」であること。無謀な戦いになってもだめだし、別のいじめを生んでもいけない。

仕返しはいじめを無くす唯一の道でも本筋の道でもないだろう。いじめを無くすための健全なシステムにもっと頼るべきなのだ。だが、その健全を保つためという理由で、反撃という選択を完全に捨て去る必要はない。子供たちに自分を守る術や意識を身につけさせれば少なくとも問題は起こらない。

Ⓑ氏の感想。否定派。
やられたらやり返せというのはとてもはっきりした教育哲学のように見える。だが“絶対”となるとそれは有無を言わせない極端な哲学になってしまう。

仕返しは確かに鬱憤晴らしになる。だがマイナス面もある。暴力に慣れ過ぎてタガが外れ、命にかかわるようなことになるかもしれない。周りに止める人がいない場合そうなる危険性はさらに高まる。

仕返し行為に賛成か反対かの価値観について。仕返しを認めることで「暴力は問題解決の手段なんだ」という価値観を子供に与えてしまった場合、それは悪い価値観を示したことになる。幼児期は人格や価値観の形成においてだいじな時期であり、日ごろの経験がその後の成長に深く影響する。仕返しを認める親の本質が暴力を認めることにあるのなら、その子供にも暴力の種を植え付けることになる。

仕返しするか礼让三分(大目に見て許してあげる。諍いが生じたとき、それがたとえ相手に非があった場合でも、こちらが礼を以て相手に譲ることで、互いにうまくいくようになること)にするか。最終的にどうありたいのかを考えたうえで決めなければならない。力で制す方法は、互いに痛い思いをするし、仮に勝ってスカッとしても、根本にある原因が無くなったわけではない。逆に火種を残してしまうだけだ。

「やられてもやりかえさない」行為は、自分の風格を示すだけではなく、自分を守る行為でもある。泥沼化して傷つけあうのを防ぐことができる。子供の喧嘩のほとんどは、実はたいした原因があるわけでもなく、悪意に満ちているものでもない。子供たちの間でしょっちゅう起こる小さな誤解やもめ事を、尊厳を巡る争いとか、ケガ人が出る抗争にまで大きくさせてしまうのは、理性に欠けるばかりではなく、相当みっともない行為だ。子供の喧嘩に親が出るのはルール違反ではないだろうか。

もちろん、仕返しに賛成しないということはただ我慢を強いることではない。礼让三分というのだから、譲るのは3ポイントまでだ。3ポイントを超え、やってることが校内いじめまで発展したら、学校に相談し法律に訴えるべきだ。いじめ側に対し専門機関が教育を行うことになる。

いじめ問題は難しい。可能ならテコンドーなど体を動かす運動を子供に習わせるのもいいだろう。体力があって堂々としていれば嫌な奴も寄ってこないというものだ。

………
先生が本当に信用置けるのかとか周りは頼りにならないから自分たちでなんとかしなきゃって考え方になりがちな中国。以前「日本では教育委員会に直訴するんだよ」って中国人に言ったら鼻で笑われたことがある。
いじめられたら“反抗”していいっていうのはその通りではないだろうか。中国の場合、とりあえず“反撃”仕返しするのが多数派なんだってこと、数字ではっきり言ってもらってよかった。
誰だって“欺软怕硬”の道理は知っているけど、日本でこんなことばっかり言ってたら嫌われる。それをはっきりと言ってのけるところに中国らしい強さを感じた。あてつけるわけではないけど、軍隊を持ってる強さなのかなあって思う。
幼稚園児の叩いた叩かれた問題と小中学校のいじめ問題では対処方法が全然違うと思うけど、かささぎが一つ思うのは、中国の先生っていまいち子供たちに寄り添って話を聞いてくれないような気がする(勉強の指導はすごくよくしてくれる。念のため)。小误会とか小打闹とか小摩擦って「小」をつけてかわいくしてお茶を濁してやり過ごすのではなくて、なんでそうなったのかちゃんと話を聞いてあげていたら、あんなすぐ叩いたり泣き叫んだり噛みついたりすることもないのになあと思う。
中国で子供に“礼让三分”を求めるのは難しいのではないだろうか。公園の遊具や博物館の展示で順番に並ぶことがないし、こども劇場に行っても子供だけステージ前に集まって立って見たり(目の前で動き回るので邪魔になる)、いつもサバイバル競争に巻き込まれていたもの。そんな環境で人に譲るって貧乏くじを自分で引くようなもの。教えてあげる立場の大人が変わらないのに子供にだけ求めるのはかわいそう。

…………
●追加。5/6の新京報より。
「孩子被打应该怎么办」について、“京报调查”(新京报与清研智库联合推出)の結果も発表。この調査では平和的な方法で解決したいとする回答が多かった。
やり返すのは約27%。
やり返すのは良くないとするのが40%。
情況に応じてというのが33%。
http://epaper.bjnews.com.cn/html/2017-05/06/content_680750.htm?div=-1

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