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zoom RSS 春節 逼婚 孝順と報恩 子供の養育は投資

<<   作成日時 : 2015/02/16 17:42   >>

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新京報のコラムに“年轻人为什么没有能力反逼婚”というのがあった。
結婚適齢期を迎える若者にとって、面倒なのが“逼婚大战”の勃発なのだそうだ。

(大陸ドラマを見過ぎたかささぎの想像…春節連休を利用して帰郷する独身青年VS実家で手ぐすね引いて待っている両親。親は顔を見るなり結婚しろって迫ってくるか、何食わぬ顔で御膳立てをしておき有無を言わせず強引に縁談をまとめる。外堀を埋められた主人公は…って感じ?)

そういえば春節にレンタル彼女を連れて行くって話、去年ニュースになったっけ。

………
今回のコラムは女性が書いたもの。それによると“逼婚”が起こる背景には昔ながらの価値観が存在するという。それは「適齢期になったらさっさと結婚すべし」と「子は親の願いどおりに生きるべし」という価値観。

昔は親子共々この価値観を大事にしたため実際に“逼婚大战”には至らなかった。
しかし今は違う。矛盾と分裂が起こり始めた。親世代は昔ながらの生活を子世代に求めるが、子世代はそれをよしとせず従いたくないから、“逼婚”が起こるのだという。

以下大体の内容:
権威を信奉しているのは親世代だけでない。若者も信じている。この権威とは元来弱い者を守り支えるためのものであるが、親がいつまでも子供として扱うため、子供が成人しても、平等で独立した人格を認めようとしない。仮にその子供が親の権威を盲信していなくても、やはりうっすらとした圧力は存在しているため、妥協を求められる。

中国社会の中心的価値観は“孝顺”と“报恩”。そして「今まで育ててくれた親を安心させる」「親の誇りを満足させる」。つまり一番大事なことは親に喜んでもらうこと。この価値観が存在するからこそ親は正々堂々と子供に強要する。受け身になる若者は本音を隠し自分を抑える。そして“逼婚”の憂き目にあう。昨今はほとんど一人っ子であるためその責任は重すぎると指摘する研究者もいる。幼い頃から親の期待に添うよう教育され、親の期待を裏切らないことが彼らの励みであり、降ろすことのできない肩の荷なのである。

今の若者は学歴が親より高い。広い知識と前途を持っている。だが親の権威は強いままだ。なぜなら子供をそこまで育て上げたのは親だから。学費の捻出のため骨身を削り、子供の就職のため人脈を駆使し、マンションを買うため頭金を肩代わりしたのは親だから。安月給または失業により親の脛を齧らざるをえないこともある。生存競争に勝つため重要なのは親との密接な関係。結果、実家の影響力は強くなってゆく。

「子供の養育を“投資”と見る」のが中国の伝統文化だ。親の言う通りにする子供は見返りとして投資を受ける。これは元来親側に安心感がなかったためだ。それが子供側の不安感と相まって運命共同体となる。連盟を組んだ代償に子供は選択の自由を失う。反抗しても苦境に立たされるし、言いなりになっても苦悩は尽きない。

親とモメたい子はいない。彼らは結婚したくないと言っているわけではない。ただ早すぎる結婚はいやなのだ。結婚は人生の責任を果たしてからと考える。結婚への思いを抱くことが人生設計の障害になるとは思わない。それなのに親達は結婚を条件でばかり考える。

親と子が膝を突き合わせて愛情と理想を語り合うのは気恥ずかしいものだ。だがとても有意義であるはず。親のすることに「境界線」を引けば解決につながるかもしれない。世間の目が気にならなくなるかもしれない。若者が故郷を出るのは実家や近所の目から離れたいという意味もある。彼らは社会や古い規律から逃げたいと思っている。反面、逃げながらも家族愛や実家の支えを渇望している。精神的支えと物質的支えとを望むのに親世代の文化は受け入れられない。そして希望を見いだせず自分の生き方を見つけられず、どっちつかずのまま“逼婚”に至る。術を持たない若者は親を説得することも反抗することもできず、不満を抱えたままじっと我慢するしかない。

世代による価値観の違いはいつの世も避けられない。大事なことは「境界線」の位置づけをすること、そして「誰」にその「境界線」を引く権利があるのかはっきりさせることだ。“逼婚”を巡って家庭がもめるのは社会にとって不利益なこと。“剩女”と馬鹿にしたり、“三代同堂”だけを幸福のモデルにするのをやめれば、社会がもっと良くなるのではないだろうか。
…以上。

…………
大昔、北京の学校で赵树理という作家が書いた小説「小二K结婚」を習ったことがある。旧社会からの決別というか、新中国における“新气象”を期待させるというか。勧善懲悪で分かりやすく所々ユーモアもある。「自由恋爱」や「婚姻自由」がテーマになっていて、若い二人は最後目出度くゴールイン。娯楽的な意味合いも啓蒙的な意味合いも含め、このお話は大陸ドラマの基本形といって差し支えないのではないだろうか。

例えば先日見た「红高粱」。このドラマは九儿と张俊杰の初々しい恋愛から始まる。二人は結婚を誓い合う仲なのだけど、张俊杰の父親が九儿を認めようとしない。金持ちで権力持ちの父親は、厄介払いしようと九儿を貶める。张俊杰は大学生だから西洋の学問にも詳しい。儒教に縛られているような青年ではないと思いきや、あくどい手段を使う強引な親を前に、なぜか反抗できない。「お前のためだ」と言われると動けなくなる。かささぎはこの“お決まり”パターンにイライラしたのだけど、実は、この部分にこそ共感した人が多かったのではなかったのかって、今更気が付いた。

知識分子の张俊杰でも“孝顺”と“报恩”を前になすすべがなかった。
というか、世間的に立派な子供であればあるほど、“孝顺”と“报恩”から逃れられない。

郭沫若の“包办婚姻”を思い出した。あんなに破天荒な青年なのに、彼も母親に反抗できなかった。それこそ春節の学校休みに帰郷したときに強引に結婚させられた。

昔の“包办婚姻”と現在の“逼婚”は違うよ、と言われればそうなんだろうけど、当人の意思を無視し親の都合を押し付けるところはそっくり。「子供の養育は投資」なんて身も蓋もない言い方に違和感を感じる。「あなたのためよ」って台詞がよくあるが誰に向かって言ってるんだろう。社会構造にも問題があるだろうから親だけを責めるのはお門違いなんだろうけど。

親の決めた結婚で良かったわって言う人もいるだろうが、後からしわ寄せがきて、郭沫若のような面倒な人生になってしまう可能性だってあるんじゃないだろうか。
なんだか、気の毒になってきた。

………
関係ないが、ドラマの中の女主人公・九儿はとっても魅力的だから、傍にはいつもかっくいい男主人公・余占鳌と张俊杰がいた。美女はいいなあ。“私のために争わないで”状態の九儿のモテぶりが羨ましい。どうせなら春晩にこの3人一緒に出演して何かやってくれないかなあって思うのだけど、期待していいだろうか。
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