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zoom RSS 北京 国語の教科書 魯迅の扱い

<<   作成日時 : 2014/01/22 00:40   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 2

高校受験真っ最中のインコは過去問題集ばかりやってる。学校の様子を聞いてみると「みんな内職してるよ」と言う。ちなみにインコは一番前だからいつもバレてしまうんだそうだ。
願書を出しに行く子がいたり、受験が集中する日は給食がなくて早く帰って来たりして、授業になるような、ならないような。クラスの雰囲気はどことなく落ち着きがないらしい。

悠長に読書なんてしてる時間なんてないはずのインコが「魯迅の本ある?」と聞いてきた。どうした?と聞いたら、「ちょうど今、国語で『故郷』を習ってるとこ」なんだそうだ。魯迅先生の作品が中学生の教科書に載ってるなんて知らなかった…。

とりあえず貸してあげたのは「小学生鲁迅读本」。短い話を集めた本。でもインコはお気に召さない。

じゃあこれならどうだ。人民教育出版社の「语文・ 六年级・上册」。小学6年生の国語の教科書。
インコ曰く「挿絵がダサいけど、先生に見せてあげたい」とのことで、ウケ狙いで学校に持って行った。ちなみに載ってるのはスイカ畑の“猹”のあたりから後半にかけて。中国語のタイトルは「少年闰土」になっている。

………
以下、昨年9月の新京報の記事より。

●人民教育出版社が刊行する国語の教科書から魯迅が消えた?
北京の小中学校は新学期に入った。人民教育出版社が出版している(つまり人教版と呼ばれている)国語の教科書のうち、小1〜中1の教科書に変化があった。例えば中1の教科書には文章が30編載っているのだが、そのうち9編が新しく採用されたものだった。

中1の教科書からは魯迅の「风筝」が消えた。新しく採用されたのは魏巍氏の「我的老师」。この文章は02年ごろ採用されていたがその後しばらく採用されていなかった。

今回不採用になった文章:鲁迅「风筝」、沈复「童趣」、流沙河「理想」、短文二編より张晓风「行道树」と周素珊「第一次真好」、周国平「人生寓言」、玛丽·居里(キュリー夫人)「我的信念」、梁衡「夏感」、蒲松龄「山市」、郭沫若の詩から二首「天上的街市」「静夜」

新しく採用された文章:史铁生「秋天的怀念」、魏巍「我的老师」、海伦·凯勒(ヘレンケラー)「再塑生命的人」、丘吉尔「我的早年生活」、马及时「王几何」、贾平凹「风雨」、礼記(らいき)から「虽有嘉肴」、纪ホ「河中石兽」、吴承恩「小圣施威降大圣」

●いわゆる「魯迅大撤退」の解説。
魯迅の「凧揚げ」が不採用だったことについて、北京市教科院に所属する専門家の話。
魯迅の文章が義務教育の教科書に占める割合は80年代から減少傾向にあった。奥が深く難しい内容であることから、高校生の教科書に移行されつつある。実際に求められる学習内容にそぐわせるため、学習の質を保つためにも、教科書の内容を更新させてゆく必要がある。
魯迅がよく教科書に採用されていたのは、読む文章が欠乏していた時代に関係している。学術研究が進み出版事業が発展するにつれ、より多くの優れた作品が教科書で採用されるようになった反面、それに応じて魯迅の割合が減ってしまったが、新しく採用された作品を鑑賞することで、改めて魯迅の偉大さと素晴らしさを感じ取ることができるだろう。教科書に占める割合だけで絶対的権威を決めつけてはいけない。優れた作品にたくさん触れ、芸術や人格の魅力を感じ取ることで教育の価値はさらに深まる。教科書で押し付けられた価値観だけを長く保ち続けることに疑問を感じている。基礎教育では学生がいろいろな作品に触れられるようにしてやるべきだ。魯迅だけを唯一の“投枪“や“匕首”にしなくてもいい。
「魯迅が教科書から消える」という話はこれまで何度も話題に上がっていたが、現在の不公平な社会に起因する不安や焦りを教科書の改訂問題に反映させるようとする心理が働いている。だが、次世代の育成だけに目を向けていては目下の社会問題を解決できない。親の世代も、自分の学習経験のなかだけに留まっていないで、もっと発展的な発想でこの教科書問題をとらえるようにすべきである。

北京教育科学研究院の韓博士の話。
社会の発展につれて、昔の古い文章の一部は教科書から淘汰され、反面、今の生活に密着した認知度の高い文章が採用されるようになってくる。選ばれなくなった文章が悪いと言うわけではない。ただ、編纂者の多様な思慮や現在の若者の理解能力を考慮したうえでこうなったのだと思う。
魯迅の文章はさらっと書かれているが、深い読解力が求められ難易度が高いため、昨今の生徒の力では及ばないところがある。

北京教育学院石景山分院の語文教研員の話。
魯迅等の文章が完全に採用されなくなったわけではない。学年の調整をしたうえで、中2、3で習うようになるかもしれない。

苹果园中学で1年生の国語を担当している王先生の話。
教科書の「行道树」の授業を発展させて作文品評会をやろうと夏休み期間中に準備をしていたのに無くなってしまったのが残念だ。生徒にぜひ読んでもらいたい文章だと思っていたのに。
新採用の「王几何」は教師から見れば浅い内容だが、言葉遣いやストーリ−が学生から一番好まれる文章ではないだろうか。

●今回の改訂の背景。
2012年当初、教育部は義務教育19科目の新課程基準を発表している。それに基づき各地の教科書は調整を始めた。12年9月新学期、人教版の国語の教科書はまだそのままであったが、他の科目の教科書では調整が始まっていた。13年9月、北京市の学校の70%で使われている北京版の教科書(国語以外に数学や英語も)でも部分的に調整が行われたと発表があった。

教育部の説明によると、この度の改訂は子供の心身発展を目指すための尽力の結果であり、科学的合理的見地に基づきと内容量と難易度を調整し精選したものだという。難度が高くならないよう、学科によっては難しい部分を削ってある。

●「人教版の国語教科書から魯迅が消えた」報道のその後。
人民教育出版社はSNSで遺憾の意を示した。中1から中3の教科書にかけて、魯迅の文章は6編も取り上げてあり、各冊1編ずつ載せてある計算になる(各学年の教科書は上下に分かれているから)。作家のなかで一番取り上げられているのは依然として魯迅でかわりないとのことだった。

中学校を卒業して16年経つ石さん。「昔自分が学生だった頃、魯迅の文章はちょっと難しいと思っていました。先生の解説がなかったらちゃんと理解出来ていなかったと思います」と言っている。
「魯迅の文章には時代の記憶が刻まれています。今の生徒では理解できない部分が増えてきました。ですから採用されなくなっても不思議ではありません。現代社会には時代にあった文学作品が求められています」「でも魯迅はなんといっても文学界の巨匠です。彼の作品を一読する価値は大いにあります。学校側は読書の時間を課外に設けるなどして、魯迅の代表作を学生に読ませるよう工夫してもいいと思います」

………
教科書の内容が変わるのに現場の先生にも知らされていなかったなんてちょっとお気の毒。まあ、中国ってそういうものなんだろう。

新しく採用された文章の一つ。马及时氏の「王几何」。
http://www.5156edu.com/page/13-04-20/91000.html
確かに絵をかくって面白い。昨日かささぎはインコと「カブトムシをどちらが上手くかけるか競争」をして大爆笑したばかり。絵って画き慣れていないと事故になる。
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かささぎさんへd(^^*)

しずかっていいますσ(0●_0*)おはつですん。かささぎさんのブログ好きすぎます☆ィ━━━d(`・∀・)b━━━ィ!!!今日は恥ずかしかったけどコメントしちゃいました(o≧∀≦)o実は最近、かささぎさん自身にも興味がですね…゚.+:。(〃ω〃)゚.+:。 キャァ♪もしよかったら、お友達にくださいませですσ(0●_0*)メールくれたら嬉しいな(*ロ′∀`b)それじゃ待ってますです(+´∀`+)
shizunew@i.softbank....
2014/01/27 20:38
祝博主新春愉快,阖家幸福!
天涯&#35266;光&#22242;
2014/01/29 08:39

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