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zoom RSS 北京 テレビ番組「紅色地図」4 東昇平浴池など

<<   作成日時 : 2011/07/07 16:33   >>

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北京テレビの番組「紅色地図」の続き。

6月17日放送。
K山扈战斗纪念碑。場所は、海淀区の百望山森林公园の山頂。
ここにいた游击队が、1937年に正式に国民抗日軍となった。
ある日パイロットの姿が見えるほど低く飛んできた日本軍の飛行機を機関銃と小銃で撃ち落したことがあるそうだ。

6月18日放送。
革命烈士纪念碑。場所は、北京大学構内・静园の芝生の上。
五四運動から新民主主義革命に渡り命を落とした北京大学の教師と生徒(最初は83名、後に12名追加)の名前が刻まれている。1993年に建てた。

6月19日放送。
赵登禹烈士墓。場所は、丰台区卢沟桥の近く、京石高速公路の南側。
二九军大刀队という大きな刀を担いで戦った部隊の話や 《大刀进行曲》という曲の話。
ドラマ「大刀」の意味がやっとわかった。

6月20日。
张自忠故居。場所は、府佑街丙27号。
今は张自忠小学になっており、敷地内には屋敷が残っており、展示室になっている。遺書も展示されている。

6月22日。
平西情报交通联络站展馆。 場所は、妙峰山景区のある门头沟区妙峰山镇涧沟村。
1937〜49年まで秘密の情報基地だった。お参りする人が多かったので紛れるのにちょうどいい場所だった。
ここは“情报工作”をメインにした展示館になっている。
映画《地下尖兵》が出てくる。

6月23日。
沙塘沟村。場所は、延庆县大庄科乡沙塘沟村。
1938年に平北地区で最初の農村党支部を立ち上げたので “平北红色第一村”と呼ばれている。

6月24日。
东升平浴池。 大栅栏西街11号。
今は东升平宾馆として営業している。建物は改修されたが昔の雰囲気はそのまま。
当時北京では一番大きな浴場だった。金持ちや権力者が良く集まるので、地下党員たちはここで“单线联系秘密工作”を繰り広げた。得られた貴重な情報は交通員を経て送られた。

6月25日。
东升平浴池の続き。
北平陆军监狱旧址(东城区炮局胡同21号)の話がチラッと出てくる。

6月26日。
闻一多像と闻亭。場所は、清华大学の構内、大礼堂の西側。

6月27日。
朱自清雕像と自清亭。場所は、清华大学敷地内の水木清华というエリアの北岸。

6月28日。
平津战役前线指挥部旧址。場所は、通州区宋庄镇宋庄村。
平津戦役は国共内戦である三大戦役のうちの一つ(残り2つは辽沈と淮海)。
映画《大决战》が出てくる。

6月29日。
军调部中共代表团驻地旧址。場所は、东城区南河沿大街1号。今の翠明庄宾馆(4星級)。1998年に大修理している。
李克农と电台の話。
映画《停战以后》が出てくる。

6月30日。
军调部中共代表团驻地旧址の続き。
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