北京で勇気十足

アクセスカウンタ

zoom RSS 故宮 軍機処 軍機大臣 隆宗門 

<<   作成日時 : 2011/05/05 09:46   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

蒼穹の昴に登場する順桂は、清朝の要職のひとつである「軍機章京ぐんきしょうけい」という官職についていた。この軍機章京とは、軍機処で軍機大臣のもとで働く秘書兼書記官。

清朝は最初、明朝のやり方を受け継いだので、内閣中心の政治体制だった。雍正帝の代になると、彼は自分の住む養心殿に超近い場所に軍機処を開設した。歩いてみると実感できるが、内閣大堂から養心殿まではかなりある。軍機処を近くに置いた気持ちはよくわかる。

その軍機処のある場所は、乾清門の南西側。壁に沿った細長い存在感の薄い建物。国家機密をあつかったので関係者以外は立ち入れなかった。
今は公開されていて、軍機処の様子や一日の仕事の流れの説明等、展示を見ることができる。
「1729年西部で戦争があった。軍事を采配するために軍機房が置かれ、乾隆帝になってから総理処と改称され、さらに1738年より軍機処と呼ばれた。軍機大臣と軍機章京が置かれ、その人数枠に制限は無い。軍機大臣は皇帝の信頼する満州族と漢族の大学士・尚書・侍郎らが兼任した。軍機大臣のいる部屋は隆宗門内北側、軍機章京がいる部屋は隆宗門内南側。軍機処の職務は皇帝の命により軍務に参与することだったが、徐々に全国的政策をつかさどる行政の中心部となり、その地位は国家行政中枢である内閣を遥かに超えた。1911年(宣統3年)4月に「責任内閣」成立により廃止となった。」と、看板の説明。
画像


軍機処に近い「隆宗門」。今は工事中だからこの門を抜けて西側に進むことはできない。
外廷と内廷を分けるこの門は、昔はとても厳重な警備だった。それでも嘉慶帝の時に不満を抱く天理教徒により突破されたことがある。そのときのヤジリが、後世への戒めとして、隆宗門の門額に刺さったまま残されている。
画像

隆宗門。左側はガラス張りの喫茶店。軍機章京の気分になれる?
画像

にほんブログ村 海外生活ブログ 北京情報へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
故宮 軍機処 軍機大臣 隆宗門  北京で勇気十足/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる